海に向かって夢を描いた
―みなとみらい21の都市空間―

都市空間の企画とマネジメントのプロフェッショナル

山根 格

「まるで砂漠 そして夢を描き 実現に導く」
80年代の半ば、20代半ばのころ、初めて、横浜のみなとみらい21(MM21)の何もない敷地に立った時、24時間活動する国際文化都市・21世紀の情報都市というまちづくり基本コンセプトの香りすらなく、「まるで海のそばにある砂漠だ!」と叫んだことを、今でも鮮明に覚えています。その日から、パシフィコ横浜とクイーンズスクエア横浜という隣り合う2つの大型都市開発の設計という仕事を通して、国内外のクライアント・関係者・専門家そして仲間たちと協働して、夢を描き、さまざまな議論や調整を行い、プロジェクトをより良い方向で実現させるために、知恵と体力を尽くす日々が始まりました。
「MM21の水先案内人」 パシフィコ横浜は、MM21が都市を形成していく文字どおり水先案内人の役割を担っていました。会議場、ホテル、展示場の3点セットがそろった日本でも初めての本格的な国際コンベンション施設として計画されました。
ホテルと会議場が、利用客にとってもまたサービス面でも一体利用が可能なプランを考えましたが、それ以上に、海際に建つという稀有な敷地条件を味方にするために、ホテルの客室やロビーやレストラン、会議場のホワイエなどのあらゆるところから海が見え海を感じる空間を創ることに力を注ぎました。何といってもインターコンチネンタルホテルの白いヨットの帆を思わせる外観が当初ずいぶん話題を呼びました。その意味でも、水先案内人としての役割は十分果たせたのではないかと思います。
「海・風・音を招き入れる」
クイーンズスクエア横浜は、オフイス、ホテル、商業、ホールという機能をもつ大規模都市開発ですが、それらの施設をつなぐ道のようなモール空間と、地下鉄と建築空間が一体となったダイナミックなパブリック空間が、最大の見せ場であり賑わいの中心になっています。
都市景観としては、先行した300メートルの高さを誇るランドマークタワーとご存じヨットの帆をスムーズにつなぐために、海に向かってだんだんと建物の高さが低くなるよう計画しています。全体の景観は、テレビでもおなじみ横浜名物の1つです。
僕はホテルと商業施設を担当しましたが、自分が創った隣のホテルに勝つために企画を練るという不条理な状況に置かれました。客室やレストランや商業施設に大小さまざまなバルコニーをつけ、海からの風や音を招き入れる開放的な空間を徹底的に創り、ウォーターフロントの楽しさを5感で味わうしつらえとしました。まあ、機会があれば、お試しあれというところです。
結局、MM21とは、12年間、長く深いおつきあいをすることになりました。

略歴

京都大学大学院工学研究科建築学専攻修了。工学修士。
日建設計設計室長(一時プロジェクトマネジメント室長を兼務)歴任。現在、yamane design directions(ydd)代表取締役。
パシフィコ横浜、クイーンズスクエア横浜、大分オアシスひろば21、ディズニーアンバサダーホテル、日本科学未来館、赤坂健保会館、新横浜駅ビル、秋田市拠点センター、テラス蓼科リゾート&スパ、渋谷駅開発マスタープラン基本構想、渋谷ヒカリエ基本計画、スカイツリー基本計画、京王プラザホテル改修、都ホテル東京改修等の設計・企画/基本計画・PMを担当。海外では、上海各所・西安・北京・香港・台北・LA等のプロジェクトの企画/基本計画・マスタープランを担当(日建設計)。
W HOTEL TAIPEI、上海市総院本社ビル、プリンスホテル(紀尾井町)、プロンスホテルリノベーション(パークタワー、品川等)、ザキャピトルホテル東急、JRゲートタワーホテル、金沢国際級ホテルコンペ、その他海外では台北、高雄、ヤンゴン、中国各都市、国内では東京、京都、沖縄、札幌、奈良等のプロジェクトの企画/基本計画・基本設計・コンサルティングを担当(ydd)。

担当科目

プロジェクトマネジメント、都市空間の演出、商環境とホテルの企画ほか