企業が都市を良くする行動をしてしまうための
社会的枠組みづくり

行政事務と技術研究の両面に通じた都市計画の専門家

明石 達生

機械や建物は、設計図を描けばそのとおりの物が出来上がります。ところが、都市はそう単純にはいきません。なぜなら、都市の作り手は、家を建てる住民、ビルを建てる企業、インフラを造る公益事業体というように、あまりに多種多様な大勢の作り手がいて、しかもそれぞれが独自の意思と行動規範で行動します。中には歴史のある大切なものを壊す人だっています。行政の誰かがみんなのためにと都市のすばらしい将来像を計画しても、作り手はそんな計画を気に留めてもいない別の大勢なのですから、描いただけなら絵に描いた餅になってしまうことでしょう。実現に向かって人々を動かすには、むしろ知らないうちに人々が街を良くする方向に勝手に動いてしまうような、「戦わずして勝つ」ための知恵と仕掛けが必要です。

A scene of “The Accessible City”

都市計画の実務とは、実はそのような人や企業の動機をコントロールする見えない仕掛けづくりなのです。自宅やアパートを建てる人、お店やビルを建てる企業を、都市におけるプレーヤーと考えます。そうすると、行政が仕掛ける都市計画の規範は、プレーのためのゲームのルールのようなものと位置づけられます。プレーヤーは、通常は自分が成果を出すことしか考えませんが、他のプレーヤーと連携をしたり、チームのために自分の手柄を抑えて他のプレーヤーに譲るといった行動をとることがあります。なぜならば、それがウィン・ウィンの関係になって、他人と協力したり、周囲のためになることが、結局は自分の評判を上げることになるからです。そして、そのようなプレーヤーの行動に動機を与えているのが、ゲームのルールです。単純な個人プレーの連続で都市が形成されるのではなく、深みのあるチームプレーで市民の安全や利便や美意識に貢献する都市が生まれるには、法令や運用基準といった行政が仕掛ける社会的ルールに優れた工夫が仕組まれている必要があるのです。

私はこれまで、霞が関の中央省庁、政令市の市役所、国の研究所と大学に勤務して、法令の改正作業や運用通知の起草、条例や地区計画の立案、行政支援技術の開発など、多様な仕事に従事してきましたが、振り返ってみると、自分自身がプレーヤーだったことはありません。しかし、プレーヤーたちがチームになってファインプレーを生むために、ゲームのルールに当たる新しい都市計画の仕組みを創り出すことに尽力してきました。例えば、工場や鉄道ヤードの跡地を新しい都市の拠点に再生するための手法、個性と秩序を兼ね備えた街並みを維持しながら商業地の機能を更新するための手法、農地が少しずつ宅地化されながら基軸になる生活街路をつなげていく手法、大規模な商業開発が何もないロードサイドにできるのではなく公共交通と関連するよう立地をコントロールする手法などです。私たちが行った社会的ルール創設の仕事によって、現実に都市のたくさんの場所が大きく変貌してきました。ウィン・ウィンの極意はギブ・アンド・テイク。都市の不特定多数の人々に貢献するための開発条件を受け入れるのならば、都市計画の規制を緩和して利益を上げることを認めます、といった選択制のルールですね。そうやって動機を与えることで、民間の資金で公共に提供される質の高い都市空間が出来てくるのです。

どのような都市が理想なのか? 国際活動の場では、私は「アクセシブル・シティ(The Accessible City)」を提唱しています。アクセシブル・シティとは、誰にも差別なく質の高い公共空間が解放され、公共サービスにアプローチでき、人々の目が互いに届くことで安全な都市生活が確保され、とくに自家用自動車に依存せずに便利な都市生活ができるような都市のことです。望ましくない逆の対極にあるのが、自動車でしか暮らせない拡散型の都市と、フェンスを巡らして安全のために孤立するゲーテッド・コミュニティです。現代の技術文明は、人々が個々に孤立し、知り合い以外の市民間の自然な接触を制約していく傾向を持っていると思います。都市が集住の場であることの社会的な良さを維持するためには、経済活動で自然に形成される都市空間の造られ方に対して、都市に生活する多様な人々の幸せな居場所を街なかに確保するため、公共政策が意識的に介入することがやはり必要だと考えています。

略歴

東京大学工学部都市工学科卒業。博士(工学)。 1984年建設省(現国土交通省)入省。以来、日本の都市を良くする政策を進めるため、再開発地区計画制度の創設、大型商業施設の立地制御など、法律制度の発展と運用の工夫による創造的な都市行政の枠組みづくりに尽力。1991~93年横浜市役所地区計画担当課長として自治体行政の現場を経験。2007~10年東京大学教授を兼任して主に社会人大学院生の指導に当たる。行政実務と学術研究の両面に通じた都市再生の専門家。

著書:「Urban Land Use Planning System in Japan」(JICA-Net Library)、「人口減少時代の都市計画-まちづくりの制度と戦略」(共著)(学芸出版社)、「都市計画の地方分権」(共著)(学芸出版社)、「イギリスの都市再生戦略」(共著)(風土社)

担当科目

都市計画(1)(2)、都市政策ほか