津波時の避難行動から
都市空間のあり方を考える
環境心理学的なアプローチで都市の防災・減災に取り組む研究者
諫川 輝之
2011年3月11日に発生した東日本大震災では、東北から関東の沿岸に巨大津波が押し寄せ、甚大な被害が生じました。近い将来発生が懸念される南海トラフや千島・日本海溝の巨大地震においても、10メートルを超える津波が想定されています。津波は自然災害の中でも迅速な避難行動によって人的被害を大幅に減らすことができるのが特徴ですが、避難の遅れや不適切な場所への避難によって繰り返し大きな被害が出ています。
私は、都市や建築と人間の心理・行動の関係を扱う環境心理学のアプローチを用いて、沿岸地域の空間的特徴が津波に対する人々の避難行動にどう影響するのかという研究を続けています。東日本大震災の前から継続して、千葉県の外房にある御宿町をフィールドとして、住民の津波に対する意識や避難行動に関する研究を行ないました。震災当日、御宿町では大きな被害はありませんでしたが、町の属する千葉県九十九里・外房では2度の情報更新を経て大津波警報が発令され、高さ10m以上の津波来襲が予想される緊迫した状況におかれました。震災前(2008年)に行なったアンケートでは、高さ8mの津波が来た場合に「避難しない」と答えたのはわずか5%で、ほとんどの人が避難する意思を示していました。ところが、震災当日実際に避難した人は約4割にとどまり、事前の回答とは大きく異なる結果となりました(図1)。これは、「知っていてもなかなか実行できない」、「やろうと思っていてもなかなか実行できない」という人間の傾向の表れであると解釈できます。
私は、都市や建築と人間の心理・行動の関係を扱う環境心理学のアプローチを用いて、沿岸地域の空間的特徴が津波に対する人々の避難行動にどう影響するのかという研究を続けています。東日本大震災の前から継続して、千葉県の外房にある御宿町をフィールドとして、住民の津波に対する意識や避難行動に関する研究を行ないました。震災当日、御宿町では大きな被害はありませんでしたが、町の属する千葉県九十九里・外房では2度の情報更新を経て大津波警報が発令され、高さ10m以上の津波来襲が予想される緊迫した状況におかれました。震災前(2008年)に行なったアンケートでは、高さ8mの津波が来た場合に「避難しない」と答えたのはわずか5%で、ほとんどの人が避難する意思を示していました。ところが、震災当日実際に避難した人は約4割にとどまり、事前の回答とは大きく異なる結果となりました(図1)。これは、「知っていてもなかなか実行できない」、「やろうと思っていてもなかなか実行できない」という人間の傾向の表れであると解釈できます。
図1 事前の意識と実際の行動の比較(諫川ほか, 2012)
では、なぜ避難しなかったのでしょうか?理由を尋ねると、津波に関する情報を知らなかった人は少数で、「海面から高いから」、「海から遠いから」といった地形的な要因や「町には津波は来ないと思ったから」など、自分のいた場所のリスクを楽観的に考えた人が多いことが分かりました。自宅の位置と避難との関係をみると、全体的な傾向として、海抜が高くなるほど避難しない人が増えるのですが、海から離れていても海抜は低かったり、周囲から少し小高くなっているだけだったりと、人々の地形に対する認知(イメージ)は実際の地形とはずれていました。このことから、土地の海抜や高台の方向など、地形を認識しやすい都市空間デザイン、および日頃から地域の地形や特徴を知ることができるワークショップのような取り組みが重要だと考えています。
東日本大震災では、想定を超える規模の津波によって各地で防潮堤が破損しました。被害軽減に一定の効果があったとはされるものの、「防潮堤があるからと逃げ遅れた人も多かったのではないか」というような声もあがっています。しかし、定量的に検証した研究がほとんどなかったため、防潮堤の存在が避難実施にどの程度影響するのかを確かめるため、静岡県沼津市の防潮堤がある地区とない地区でアンケート調査を実施し、比較を行ないました。この防潮堤は2009年に建設されたもので、高さは7.7m(図2)。高さは当時の浸水想定を考慮したものですが、現状ではこれを超える津波が想定されています。一方、隣地区には防潮堤はありません。東日本大震災発生当日、静岡県においても大津波警報が発令され、高さ3mの津波が予測されていました。そこで、当日市内にいた人に避難実施の有無を尋ねたところ、避難した人は防潮堤のない地区で4割弱だった一方、防潮堤背後の地区では1割強にとどまっていました。また、今後避難が必要と思う津波高についても防潮堤背後の地区のほうが高くなりました。これらの結果から、防潮堤のある地域では危険性を認識している人は多くいても防潮堤のない地域と比較すると避難行動が起こりにくくなることを示しました。この研究がまとまった後、現地で報告会を開催したところ、「津波に対する考え方を改めた」、「防潮堤は絶対ではないとわかり、避難をしっかりしたい」といった感想が寄せられました。防潮堤のようなハード施設は一定の外力のもとで設計されており、それを超えると耐えられません。安全になったと思っていると逆効果になる恐れがあります。ハード施設が整備された地域で、リスクの情報をどう伝えていくのかは新たな課題だと考えています。
東日本大震災では、想定を超える規模の津波によって各地で防潮堤が破損しました。被害軽減に一定の効果があったとはされるものの、「防潮堤があるからと逃げ遅れた人も多かったのではないか」というような声もあがっています。しかし、定量的に検証した研究がほとんどなかったため、防潮堤の存在が避難実施にどの程度影響するのかを確かめるため、静岡県沼津市の防潮堤がある地区とない地区でアンケート調査を実施し、比較を行ないました。この防潮堤は2009年に建設されたもので、高さは7.7m(図2)。高さは当時の浸水想定を考慮したものですが、現状ではこれを超える津波が想定されています。一方、隣地区には防潮堤はありません。東日本大震災発生当日、静岡県においても大津波警報が発令され、高さ3mの津波が予測されていました。そこで、当日市内にいた人に避難実施の有無を尋ねたところ、避難した人は防潮堤のない地区で4割弱だった一方、防潮堤背後の地区では1割強にとどまっていました。また、今後避難が必要と思う津波高についても防潮堤背後の地区のほうが高くなりました。これらの結果から、防潮堤のある地域では危険性を認識している人は多くいても防潮堤のない地域と比較すると避難行動が起こりにくくなることを示しました。この研究がまとまった後、現地で報告会を開催したところ、「津波に対する考え方を改めた」、「防潮堤は絶対ではないとわかり、避難をしっかりしたい」といった感想が寄せられました。防潮堤のようなハード施設は一定の外力のもとで設計されており、それを超えると耐えられません。安全になったと思っていると逆効果になる恐れがあります。ハード施設が整備された地域で、リスクの情報をどう伝えていくのかは新たな課題だと考えています。
図2 沼津市内にある防潮堤
略歴
筑波大学社会工学類都市計画主専攻卒業、東京工業大学大学院総合理工学研究科修士課程および博士後期課程修了。博士(工学)。東京工業大学産学官連携研究員、日本学術振興会特別研究員(東京大学)などを経て、2017年東京都市大学都市生活学部講師、2022年より現職。
専門は都市防災・地域防災、環境心理行動学、都市・建築計画。生活者の視点に立って災害に強いまちづくりを進めるため、災害時の避難行動やリスク認知、各種施設における防災対応などに関する研究を行なっている。人間・環境学会大会発表賞、日本建築学会奨励賞など受賞。
著書:「東日本大震災合同調査報告 建築編10 建築計画」(共著、丸善出版)、「ニューノーマル時代の新しい住まい」(共著、クロスメディアパブリッシング)
論文:「津波発生時における沿岸地域住民の行動」(日本建築学会)、「住民の地域環境に対する認知が津波避難行動に及ぼす影響」(日本建築学会)、「高速道路休憩施設における地震時初期対応のための利用者の意識・行動分析」(地域安全学会)、「2019年台風19号における多摩川流域住民の避難場所選択行動」(日本建築学会)など。
担当科目
まちの防災、Urban Mobility、グラフィックデザイン演習、都市デジタルシミュレーション(1)ほか